演奏会に行ってきました「シューベルト:冬の旅:谷 篤」(2009-5)2009年2月2日(月)19:00開演 東京文化会館小ホール(JR上野駅徒歩5分、東京メトロ日比谷線上野駅徒歩10分) 谷 篤バリトンリサイタル シューベルト:冬の旅 D.911 歌詞を説明してから歌う バリトン&訳詞:谷 篤、ピアノ:揚原 祥子 東京文化会館友の会プレゼント企画に当選したもの J列30番(自由席)真ん中席
《プログラム》
シューベルト:冬の旅 D.911
「冬の旅」の孤独 谷 篤
「冬の旅」は、一つの物語の終わりから始まります。一人の若者が、美しい五月にある街にやって来ました。娘と恋に落ち、幸せな夏から秋を過ごし、結婚までを考えるようになります。ところが娘は心変わりし別の金持ちとの結婚が決まります。元々よそ者である彼は厄介者なり、冬の夜、人目を避け、逃げるようにあての無い旅に出るのです。これが「冬の旅」の始まり。愛を失ったものが苦悩を抱きつつ冬の原野をさまようという舞台設定ですが、失恋は旅を始めるというきっかけでしかありません。なぜなら、愛の対象である娘の描写はほとんど無く、ただ「綺麗な娘」とか「愛しい人」とかいう表現だけで、どんな女性かは全く分からないのです。これは愛を描いた作品としては異常なことです。つまり「冬の旅」は、失恋の苦悩を描いた作品ではないのです。そこに描かれているのは、共同体としての社会から弾き出された者が、居場所を求めて現世をさまよう、孤独な心の軌跡なのです。特に後半になると娘は全く姿を消し、「死」が大きな比重を占めていきます。生きて現世をさすらうことは死によって完結するわけですから。
「死」が初めて登場するのは5曲目の「菩提樹」。菩提樹は彼に語りかけます。「ここにお前の安らぎがあるのだと」と。これは永遠の安らぎ、「死」を意味します。彼は死を選ばず旅を続けますが、それはかならずしも彼の強い意志ではありません。突然強い風が吹きつけてきて、気がつくとずっと遠くまで歩いてきてしまったのです。始まりもそうでした。彼には居場所がなくなり、仕方なく旅にでるのです。社会から弾きだされたいと自ら望む人はいないでしょう。社会が誰かを弾き出すのです。
この国には年間3万人を超える自殺者がいます。その中には、社会から弾き出され、自ら命を絶つ人も少なくないでしょう。また弾き出されながらも、必死で自分の居場所を探し求める人も多くいるでしょう。「冬の旅」の孤独は、決して他人事、人の結び付きが希薄になり私利
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