本物でない思惑?本物でなお思惑が本当で在れば鬼に金棒だと思うのだが、実際の社会ではそうではない。どう考えてみた処で負け様の無い選挙で負けたのが4年前、惨めな思いの人生だったから、別に奈落の底に叩き落とされる失望感もなかったが、それでも国の行き末を思うとバンダイを叫ぶ小泉チルドレンに暗澹(あんたん)たる思いを、重ねながら民意とはこんなもんではないと吐き捨てていた。
構造改革、自民党を叩き潰す、郵政の民営化が出来なくて構造改革はないと言われて、その気にさせられた結果が今日の有様だろう。それでもこれは親父の偏見。君もそうだが多くの国民はそうは思わない。別に小泉、安倍、福田、麻生と続いた自公政権のせいではなく、誰がやっても同じだったとシラを切るのだろう。
その事は間もなく現実の問題として問われる。今度こそ、誰が何と言ったとしても政権政党の信頼が失墜したのは明白である.。今更多くの言葉を重ねるまでもなく、小泉政権が安倍に変わった時、安倍から福田に変わった時、福田から麻生に変わった時、国民に信を問うていたら今日の混乱は無かっただろう。あったとしても今ほど不信の思いを突き付けられはしなかった。その政治的判断の誤りが間もなく行われる総選挙で、問われる。惨敗しかない。
それでもその危機感が無いのはどうしてだろう?そんな事どうでも良いと思われているのか?それともどうにもならないと思われているのか?難しい事は分からない?まあそんなところかも。どんなに生活が困窮した処で政府が言うように、仕事と生活を何とかしてもらえるとは思っていない。増してや政権政党で無い野党の大盤振る舞いなど、問題外だろう。
そんな事を考えていたら、麻生政権の息の根を止められる。鳩山総務大臣の辞任。実際は総理の罷免。中国の三国志の世界に(泣いて馬蜀を切る)そんな戦いの責任の取らせ方があるが、麻生政権の頼りとする応援団長を失えば、戦いの体(てい)すら無くなる。
郵政民営化の民間企業、社長の再任を認めない事が何で民営化の否定になるのか?多くの凡人には分からないだろう。(正義が否定された)と息巻いたところで、それが政治の世界だろう。西郷隆盛が明治の新政府で政策論争(征韓論)で負け、下野した時の言葉を口にしても同情論の巻き起こりはない。その程度だろう。もっと腹をくくれ。
腹をくくって関ヶ原の戦いで西軍の負け戦の中を、家康の本陣に突進した島津の教訓は無理だろう。天下分け目の戦いの認識すらない選挙に、腹などくくる思いは爪の先にも無いだろう。危機感の無さは政治家だけの責任ではなく、政治の世界を軽んじる支持する政党が無い国民にも降りかかっている。その事も忘れてはならない。
そんなの関係無い。そうかもしれない。でも好むと否とにかか
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