大阪俗謡をめぐる冒険(大栗 裕、大フィル、そして淀工)

”浪速のバルトーク”こと、大阪生まれの作曲家・大栗 裕(1918-1982)を知っていますか?

大栗 裕と大阪フィルハーモニー交響楽団の関係、そして吹奏楽の世界では有名な「大阪俗謡による幻想曲」が生まれた経緯については関西シティーフィルハーモニー交響楽団のこちらのページが詳しいのでご覧あれ。

朝比奈 隆がベルリン・フィルの指揮台に立ち、「大阪俗謡による幻想曲(原題:大阪の祭囃子による幻想曲)」を演奏したのが1956年。その1年前に当時関西交響楽団(大阪フィルハーモニー交響楽団の前身)のホルン奏者だった大栗 裕はこの曲を作曲し、朝比奈/関西交響楽団が神戸で初演している。1955年5月28日のことであった。

しかし、朝比奈が持参した手書きのスコアはベルリン・フィルの資料室に保管され大栗の手元に残らなかったので、1970年に大栗は自らの記憶を頼りに70年改訂管弦楽版を創った。

1974年にはプロの吹奏楽団である大阪市音楽団(市音)からの依頼で大栗は「大阪俗謡」の吹奏楽版を書き上げ、同年市音の定期演奏会で初演された。この吹奏楽全曲版は演奏時間が約12分である。1992年に朝比奈 隆は市音を指揮してこの吹奏楽版をレコーディングしているが、このCDは残念なことに現在廃盤である(2011年7月追記:その後CDは再発された)。

大栗と親交のあった淀川工業(現在は工科)高等学校

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クラシックの悦楽 | 吹奏楽
2008/04/02




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