モザイクのヨーロッパ
何から書いたらいいかと思っているうちに、どんどん日が経ってしまった。
何より今回はとことん疲れた。帰りの飛行機で食事を断って寝るなど、めったにない。
2週間の旅行には、2週間かかってようやくリズムが戻り、その後はたまった雑事が押し寄せてきた。気づけば、帰ってきてから一か月近くが経ってしまった。
今度の旅行はフランスだけだったが、イギリス的フランス、フランス的フランス、ドイツ的フランスを見たように思う。
そう聞いたら、彼の地の人々は怒るだろう。ボルドーはボルドー、トゥールはトゥール、ストラスブールはストラスブールなのだと。「~国的」などという修飾が、自分の街につくことは絶対に許さない。
しかし、日本人にはそう思えるのだ。
現在の日本は、「地理的日本」、「民族的日本」、「政治的日本」がほぼ一致している。これは世界でも珍しい国なのに、私たちはそれがあたりまえだと思っている。
陸続きの中に、多くの民族が住んでいる世界を理解するのは、なかなか難しい。
ボルドーは長いことイギリスの一部であった。ストラスブールはフランスになったり、ドイツになったりした。そしてトゥールは、フランス王家とその家臣が、お城を建てては点々と移り住んだ場所だ。
フランス国境が今の形になったのは、第2次世界大戦後。それまで、膨らんだり縮んだり。
その歴史のなかで、ヨーロッパ内の多くの民俗を受け入れてきた。さらに旧フランス領だった国から、移り住んできた人がいる。アジア系、アフリカ系フランス人だ。
また意外に多いのは、イスラーム教徒の人々。
つまり、フランスは(そしてそれ以外のヨーロッパの国も)、「人種のモザイク」なのだ。
良くアメリカとカナダを対比して、「人種のるつぼ(アメリカ)」と「人種のモザイク(カナダ)」と言うが、ヨーロッパこそ、古来「人種のモザイク」の国々。
戦乱に次ぐ戦乱を経験した結果の知恵。すなわち、多民族
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