玉川上水情死行

少々、刺激的なタイトルですよね。
最近、あちらこちらで、太宰治が話題です。
梶原悌子の著作です。
2002年第一刷
作品社

私は、三鷹美術館に行った時は、必ず玉川上水沿いに歩いて吉祥寺まで行きます。
飲み屋等々の思い出もあることですし...。
三鷹駅から歩いて直ぐ、入水した場所があります。
太宰を熱心に読んだのは、高校生のころ、遥か昔なのですが、先日この本に出会いました。

この件に関しての著作はたくさんあります。
私も、過去に数冊読みました。
山崎富栄側からの視線は新鮮でした。

この本は、戦後、山崎富栄とその義姉とが鎌倉で美容院を経営していた当時、共同経営者池上静子の姪にあたる著者が、あるきっかけで、書くことになりました。
氏の山崎富栄に対する思い出と、流布されてきた山崎富栄のイメージがあまり違うからです。
この件に関して、名だたる作家達の富栄に対する評価があまりにもむごいと思ったからでしょう。

何故、あれほど知的で、美しく闊達な、山崎富江が、太宰と知り合って一年程で死ななければならなかったのか。

以下に、印象的な文章を....。

豊島はこの日の様子を二人の没後に「太宰治との一日」という文にし、富栄について次のように書いた。

[・・・・]太宰がどんなに我儘なことを言おうと、どんな用事を言いつけようと、片言のこうべんもしない。すべて言われるままに立ち働く。ばかりでなく、積極的にこまかく気を配って、身辺の面倒をみてやる。もし隙間風があるとすれば、その風にも太宰をあてまいとする。それは全く絶対奉仕だ。家庭外で仕事をする習慣のある太宰にとって、さっちゃんは最も完全な侍女であり看護婦であった。[・・・・]


そして、晩年

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書籍・雑誌
2009/07/04



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