05 時計台の謎ふたたび|京都大学時計台(京都市)時計台のもうひとつの謎はその配置にある。武田は単純な幾何学的処理によって建物のかたちや敷地内の配置を決めている場合が多い。この時計台の形やキャンパス内の配置を武田はどうやって決めたのだろうか。これが今回の謎である。
まず時計台(旧本部本館)のかたちと周辺マップを確かめておこう(上図参照)。時計台の前には、京大のシンボルとなっている大きなクスノキがある。徳富蘇峰の父・徳富一敬が寄贈したものだそうだ(ただし現在は二代目)。植樹年代はよく分からないが、だいたい1922年ごろ。旧本部本館が焼けたのは1912年だから、これが植えられたときその北側は空き地になっていたわけだ。
大クスの前には正門。ほかの古い建物は、時計台の北側に法経済学部本館(1933ー38)、西側のレンガづくりの旧三高校舎(1889)、南側に旧電話交換室(1925ー36)と旧車庫(1936)など。
一見して分かるように、時計台、大クス、正門が直列している。これが大きなヒントだ。
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