アイオワのヒポクリッツある土地に囲いをして「これはおれのものだ」と宣言することを思いつき、それをそのまま信ずるほどおめでたい人々を見つけた最初の者が、政治社会(国家)の真の創立者であった。
これは、ジャン・ジャック・ルソーの「人間不平等紀元論」のなかのことばであるんだが、私が高校生のときに、まァ、ガツンと頭を殴られるような、そういうインパクトを感じた人です。かっこういいことをいう人がいるもんだね、と思った。
どういうことか。まず、土地なんてものに値段がついて、土地をもっているヒトはお金持ちで、土地がないのは貧乏人。そんなことは、インチキだよっていっている。そのことをいうがために、政治社会が生まれる前の人間の営みを想像して、もともとはこうじゃなかったはずだ、ということをいっている。
ルソーは、歴史の教科書あたりで書いてあることでいうと、啓蒙思想の哲学者のひとりで、フランス革命にも影響をあたえたということになるんだけれども、この人の本は読みやすかった。ふつうは哲学や社会学の本なんて、小むずかしくて、敬遠したくなるものだけれどね。私は岩波文庫の日本語訳で読んだわけだが、ルソーはわかりやすいんですよ。それは、ルソー自身が、自分の主張をなんとしても読者に伝えたい。そのために、平易なことばを選んでいるし、比喩もたくみだ。
そして、アジテーション。この一節でも、「おれのものだ」とか、「おめでたい人々」とかいう部分がそうなんだが、世の中の常識とか、通念とかいわれているもの。それに向かって反論し、くつがえさんとするために、ザクリと切っ先を読者につきつけてくるわけだ。おまえら、そんなことでいいのか?と問いかけてくるんですね。
杭を引き抜きあるいは溝を埋めながら、「こんないかさま師の言うことなんか聞かないように気をつけろ。果実は万人のものであり、土地はだれのものでもないことを忘れるなら、それこそ君たちの身の破滅だぞ!」とその同胞たちにむかって叫んだものがかりにあったとしたら、その人は、いかに多くの犯罪と戦争と殺人とを、またいかに多くの悲惨と恐怖とを人類に免れさせてやれたことであろう?
土地の私有が政治社会のしくみになり、そして、それはロクなものじゃないと言ってるわけです。「人間不平等紀元論」で、ルソーは、このあと法律とか権利とか、そういったものにイチャモンをつけていきます。
私は「権利」ということばが嫌いですね。「権利」ということばを使って、自分を守ろうとする人間も嫌いだ。もともとはね、王様とか貴族とかがいた社会のときはさ。そういった、
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