夏の扉(後篇)トラップが乱れたのが幸いしたと、解説者が語った。それを素直に受け流した僕がいた。試合後のコメントで、そのトラップまでもが練習の成果であり、計算されたものだったと知り、改めて驚かされる事になる。クリムゾンレッドの護衛兵たちは、己が戦略に過失はなかったと声高に主張したいところだろう。
城門の直前にまで潜入を果たした「曲者」を一気に囲い込む門番、実に5名。それすらも無力にしてしまった石川直宏の躍動。そういえば前半、ドリブルで前線に切れ込んで平山相太へラストパスを送る、あの過程で見せた左右の足を自在に動かし敵を翻弄したマリオネット・ドリブルは、まさに「忍」だった。
石川直宏の勢いを止める者はもはやいない…否、すぐ近くにいた。憑かれたかのように、必死の形相でナオの身体に飛びつき、地面へ組み伏すカボレ。平山相太に意味を教わったばかりの日本語を連呼して、まだ目の見えぬ仔犬が母犬の乳を探りあてるように、懸命に頭を身体に摺りつける。『アヤカリタイ!』
歓喜の場面から一転、カボレの異常を察したチームメイトが、二人の身体をどうにか引き離した。息荒く、しかしその両眼は爛爛と。『アヤカッチャウ…カモネ』梟が大きく翼を広げた。羽生直剛の絶妙なスルー。ヨーイ、ドンの競走でカボレに勝てる者などいない。去年の開幕戦を思い出させた、脅威の加速。
それは「事故」ではなく明らかに「過失」だった。榎本達也が踏み出した勇気の一歩は、GKと1対1という“カボレにとって”実に悩ましい状況を、自ら放棄してしまう勇み足だったのだ。かくしてヒラリと榎本の突進を交わし、無人のゴールへボールを流し込む。流星に乗った梟、月面着陸の瞬間であった。
“すんでのところ”でどうにか持ちこたえてきた神戸の城門が、遂に撃ち破られた。一気呵成に雪崩れ込む青赤の軍兵たち。忍耐強く抗戦してきた神戸だが、巣穴に雨水を注ぎ込まれた蟻のように、途端に混乱しはじめた。やがて野に下りし兵たちが、先の見えない戦いへの不安からか、徐々に凶暴化していく。
※「夏の扉」(終篇)へ結局つづく
次回こそは、本当に絶対にシリーズ最終回。
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