夏の扉(中篇)

番組冒頭で液晶画面に大写しになったのは、このスポーツでは見慣れぬ大きな背番号50。欧州から帰国を果たした大久保嘉人が、監督交代に揺れるヴィッセル神戸を救えるのか。興味の濃淡様々、幅広い視聴者層に提示する「テーマ」としては、至極妥当なものだったといえたか。あくまで主語は神戸であった。

「視」「聴」両面においてNHKのスポーツ番組に対する信頼は、厚い。腐っているのは枝葉末節の部分だけ(だと信じたい)。この試合中継でも、両チームの状況について必要最低限の情報を発信しながら、淡々と実況を続けるいつものスタイル。神戸の空はまだ明るく、小さな島国ながら「経度」を感じた。

カイコではなくジニン。カイオジュニオール監督の不思議な辞任に因る変化が、どこまで生じていたのか、日々神戸を追いかけているわけではないのでわからないが、少なくとも前半の守備を観ているかぎり、緊迫感は伝わってきた。ボールを保持した東京の選手が、ある一線を越えると、一気呵成に囲い込む。

ホームでは高い勝率を残す神戸。東京優勢である事は間違いないが、危うい場面も最後は身体を張って守り抜くという展開に、劇薬の効能を感じてしまう。統計・理屈が通じない団結・意気。前監督子飼いのブラジル人FW“追放”は如何にもそれらしいサイドストーリーだったではないか…結果が出ていれば。

前線へボールを運ぶ事はできている…あとはフィニッシュのところだけ…後半開始5分、そんな当たり障りのない会話の流れが、突如遮断された。完全に油断していたのだろう。『オオオオッ』公共放送局のアナウンサーにあるまじき絶叫とともに、32インチ・16:9のワイドスクリーンが歓喜の青赤に染まった。

ライヴが最高なのは間違いないけど、テレビ観戦にも捨てがたい魅力がある。名場面の裏には名実況がある。ジャンルは違えど、プロレスなどその最たるものだ。三沢光晴さんの追悼番組を観るにつけ、改めてそう感じた。騒ぎたてるだけが実況ではない。美辞麗句を並べたところで簡単に視聴者には響かない。

NHK大阪放送局勤務・田代純アナの見事に裏返った声。突然の「変調」が最高の演出となった。輝きを増し続ける一方の石川直宏、説明不要・説明不能の左足。ある者はそれを『事故』と表現した。気持ちは理解できる。ただ、天空の遥か彼方で発された光が地球へ届く、これは偶然ではなく必然なのである。

光源は文字通り、星の数だけある。
その流星は、西の空でも煌めいた。

※「夏の扉」(後篇)へつづく

次回「夏の扉」

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2009/07/07




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