師の言葉 つづき…scissors

●普通と自然は違う

わざとらしくなく 自然に演ずることは難しい

特に子どもの前に立つ舞台の場合 一切の約束事が通用しない
様式的なこととか
形式だとかも
まったく意味をなさない

いかに 自然に うそでないように 感じさせられるかが 肝心だ

しかし 自分は自然にやってるようでも
数々のおとし穴がある

そんなとき 私の師は 普通と自然は違うよ
といった

あなたにとって普通のことでも 客席から観て ちっとも自然じゃない

つまり 自分の感覚=主観と 客観は まったく別物であるということだ

人間にはどんな人でも必ずクセがある

歩き方 そぶり 水の飲み方まで みんな違う

だから 自分は普通と思っていても 外からみると なんか変 ということが よく起こる

自分の「普通」を客観的に知ることが 重要であり
自然に演ずることの 第一歩となる

自分を客観的にみるには
「常に50m上空から自分を見よ」とも 師はいったsign03

俯瞰で自分をみるということだ

これは すごいヒントになるsign03

興奮したり うろたえたりしている 今現在の自分と
50m上空から見るもうひとりの自分

ふたりの自分
複数の視点を同時に持つsign03
これがコツだsign03

あと 自分のビデオを見るのを嫌う人は 意外と多いが
自分の「普通」を知るために 積極的に見た方がいいと思う

あといろんな人間観察をする かな?(これは私の考え)

●わかる より 感じる

日本の親やおとなたちは
子どもに対して よく

わかった?

という

しかし「わかる」っていうことは とてもあやふやなことだ

答えは たいがい

わかった…

が 多いけど

たぶん わからないのに
雰囲気で わかったといってしまうか
わかったつもりになってるだけなことが 多いのではないか

かつて 谷川俊太郎氏の講演会の質問コーナーで
「ほとんどの問いに答えはないんだよねぇ…」
といってたのを思い出す

私の師は

理解は誤解

とも よくいっていた

そう 誤解とい

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2009/02/22




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