遠野は一部上場建設会社営業部の部長だったが、昨年昇進して取締役になった。
彼は特にばりばりやる営業マンというわけでもなくいが
部下に対して非常に信頼される男という感じで、
香乃は 会社での遠野を見てはいないが おおよその察しはついた。
そして いつまでも子供の部分が抜けず、そういうところが
女性からもてる一種の要因だったかもしれない。
普段は寡黙で、ちゃらちゃらした男でなく、曲がったことが嫌いであった。
まったく真面目を絵に描いたような性格だが
酒がはいると、普段抑制している分、本音がつい出た。
今度のことも 多分、大阪の愛人と一緒に 酒を飲んで
妻とは決して別れようとしない遠野を責めたか、遠野が騙したのか
死ぬの別れるのともめたあと、どちらかが薬を持ち出し、
彼の半分夢の中でおきた事件としか思えなかった。
綾瀬は 以前から遠野の厭世的かつ退廃的なところを知っていたので
心中と聞かされても それほど動揺はしなかったが
もう彼と一緒に歩けないことが悲しかった。
いつかこうなるということが予感があったものの遠野が去年大阪に転勤してから
彼の仕事に対する熱意や成功を社内ニュースで聞いてはいたものの、
綾瀬が部長に昇進したと同時に連絡は少なくなっていった。
遠野と最後にあったのは、一ヶ月前の大阪出張であった。
大阪本社の廊下で偶然に遠野とすれ違ったとき、
『綾瀬、元気でやってるか』と人懐こい笑いをうかべて
『お前 離婚したんだって』と心配そうに尋ねてくれた。
綾瀬が恐縮していると、
『ま、男と女ってのは 誰にも予測つかないからな。
自分に恥ずかしくない人生を送れよ』と
笑いながら、綾瀬の肩をたたき 会議室に入っていった。
今にして思えば、あれが 遠野の遺言だったのかと思い出した。
香乃は 今までよくしてもらった分 彼を恨む気持ちもなく
苦しんで死んだかどうかがとても気になった。
あとで 生き残った女性に会いに行こうと思った。
綾瀬とわかれた後、遠野は香乃をとても心配してくれて