『アンのゆりかご』赤毛のアンの、日本の母!

『赤毛のアン』を読んだことがありますか?

子供向けの本、あるいはアニメで内容は知っていても、
この本が最初に日本語で出版された、村岡花子の訳で読んだという人は、
そう多くないかもしれませんね。
かくいう私もその一人ですが、我が家の本棚には
第1巻が昭和59年・69刷という新潮文庫のシリーズが揃っています。
母の蔵書です。
今回は、その母が絶賛した『アンのゆりかご』を紹介したいと思います。

明治、大正、昭和を生き抜いて、子供や若い女性のための良質な英文学を翻訳し、
私生活では幼い一人息子を病で喪う痛手を負いながらも、夫の大きな愛に支えられて
社会における女性の地位向上にも貢献した村岡花子の一代記。
赤毛のアンの愛読者ならずとも、特に女性にはぜひ読んで欲しい1冊です。

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『アンのゆりかご  村岡花子の生涯』村岡理恵・著 マガジンハウス

花子は生まれこそ貧しかったが、父親が理想に燃えるクリスチャンで、
長女の花子にだけは立派な教育を受けさせたいと、
ミッションスクールの寄宿舎へ編入させる。
環境と教育、そして人との出会い。これが花子の人生を決定づけた。

袖の膨らんだ、すその長いドレスの婦人宣教師に囲まれ、
上流階級のお嬢様たちとともに、言葉づかいから身だしなみ、
礼儀作法までみっちり仕込まれる日々が、
グリーンゲイブルスにやってきたばかりのアンに重なる。

生涯の親友となる柳原白蓮ともここで出会い、
彼女の手引きで佐佐木信綱に短歌を習うこととなる。

この本の面白さは、ひとり村岡花子の人生にとどまらず、
同時代を象徴する多くの女性たちの生き様の片鱗にも触れられる点にもある。

皇族にゆかりのある伯爵令嬢でありながら歌人として活躍し、
25歳も年上の炭鉱王の後添えに入って「筑紫の女王」と呼ばれた柳原白蓮は
のちに若い社会主義者と駆け落ちし、新聞紙上で夫に絶縁状を発表する。

佐佐木信綱に紹介された片山廣子は花子を翻訳文学、児童文学の世界へと導いた。
鉱山事業や紡績会社の運営、さらに女子大の創立にも尽力した実業家・広岡浅子の
勉強会に誘われ、最先端の講義を聴く機会もあった。
花子と同い年でやがて婦人参政権獲得運動へと心血を注いでいく
市川房枝も、ともにこの勉強会に参加していたという。

思えば華々しい時代である。
どんなに頑張っても決められ

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文化・芸術
2009/03/14




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