ぼくらの時代訃報が相次いでいる。
身近な話ではない。身近な訃報と言えば、ここの前身の「八日市通信」からご覧の人は先刻ご承知の通り、そもそも僕が帰郷してからしばらくの間、身内の訃報ラッシュだった。
友人のドクターが以前、自分のweb日記に、親が死ぬと次はいよいよ自分の番だという気がしてくる、というような感想を書かれていて(もう何年も前に読んだ文章だから、もしかして細かく勘違いしてるかもしれない。もし趣意を取り違えていたらI先生、ごめん(
))、なるほどそんなものかなとは思ってみたが、うちの場合は父が死んだ後、さらに大変な母が残されて、とても自分の死ぬ順番が近づいてきたなどとは思えず、というより、いまこの母を残して死ぬわけにはいかないなという思いの方が大きくなって、実際、父も70過ぎまでは生きたわけだから、まあもしかしたら僕も70近くまでは何とかなるんじゃないかなどと、根拠のない安堵感を持ったりもした。
だが、いまから思えば2年前、イラストレーターの渡辺さんが亡くなったと聞いたときに、驚くと同時に、なんかヤバイなあという感じはあったのだ。
渡辺さんは僕より6つばかり年上だったが、亡くなったときは56かそんな辺りだった。僕はもう、今年53になる。遙か昔の一時期にせよ、よく知っていた人が亡くなった年に近づいてくると、何となく心がざわざわしてくる。
そう言えば彼は、確か清志郎さんと同い年くらいではなかったか。もちろん清志郎さんのような有名人を直接知ってるわけじゃないが、彼の音楽に親しんで育ってきた人間にとっては、なんか滅多に会わない親戚よりも、遙かに身近な存在に思えることが、感覚的にはある。その彼もついこの間、58才の若さでなくなった。
格別思い入れのある人というわけではなく、ただ同時代の有名人としてよく名前を知っていた頼近さんも亡くなった。そのニュースにええっと驚いたのは、だからアナウンサー時代の彼女とかそういう記憶はほとんどないのだけれど、彼女がたった一つしか年上でなかったというそのことに初めて気づいたからだ。享年53才。
そしてついさっき、仕事の合間にちらっとネットでニュースのヘッドラインを見ていたら、栗本薫さん死去のニュースが目に飛び込んできた。げええっ。彼女だって、そんなに年は離れてないだろと思ったら、3つ年上だった。彼女も直接会った記憶はないが、まったく縁もゆかりも無かったわけではなく、というのも僕がエロ本編集部で働き出した頃、その同じ部屋で少女狙いの耽美系雑誌を出していたSという先輩がいて、栗本さんと彼は同じ大学の同級生か何かで友人だったのだ。
その雑誌は、美少年テーマの雑誌としてカルト
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