「おくりびと」効果

「おくりびと」効果にはいろいろあるようだ。
撮影地を訪れる人が増えた。
映画関係者が地元で県民栄誉賞をもらった。
その一つに「葬儀関係の仕事をしている、と普通に言えるようになった」があります。

あの映画では「おくりびと」への評価が高まったと同時に
「やはり死には、これだけ差別意識、嫌悪感があるんだ」と
痛感した人もいました。

いろいろなブログを見て歩くと、肉親の葬儀のことと重ねて見た人が多いような気がします。

葬式というのは当事者にとっては何かと慌しい。
葬式が終わって、柩に花入れ(一般に「お別れの儀」とよび、花を「別れ花」という)をし、出棺、火葬とあっというまに進行してしまった、と感想を言う人もいた。

「葬式」というのは「社会的にやんなくちゃならない約束事」で、遺族の心理とは関係なく進むもの、という諦観のようなものがあったようにも思うのですが、「大切な人と別れ、送り出す」というプロセスだということが、ようやく少し理解されてきたように思います。

私が書いて人気のある記事は「グリーフ(死別の悲嘆)」ではなく、依然として「マナー」に関するものであるのは少し淋しい感じがします。

もちろん5年ほど前から急速に「グリーフ」に関心を寄せる人が増えて、勉強する人も増えています。
「死生学」(「死学」と言え!)の講座をもつ大学もほんとうに増えました。

しかし、「グリーフケア」を「癒し」と考える人が多いのは気に入りません。安直な癒しはグリーフケアと正反対にあると言っても過言ではありません。
「癒してあげる」などという言葉を聞こうには鳥肌が立ちます。ここにはあいかわらず三人称の「かわいそうな人への親切な行為」というイメージが残っているように思えて嫌なのです。
こういう「善意」な人は昔から多いのですが、あー嫌だ!

話はまた逸れましたが、「マナー」が気になる人は葬儀にとまどっているのであろうと思います。
死者や遺族にどう接していいのかわからない。失礼があったら日常よりももっと酷いダメージを与えることになる。
だから、私の書いたものが読まれる、とつながるわけです。
私の書くマナー記事はガンジガラメの習慣の塊のように思える葬儀を解(ほど)いているので、安心して読めるのでしょう。

死をいま現に体験している人と会葬者とでは温度差があります。同じ遺族の中にも温度差があります。
以前に遺族になった人が今遺族になった人に助言できるか、というわけではありません。

夫を亡くした女性に
「私が主人と死別したの

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2009/04/10




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