脳死は人の死ではない

 昨日は、午前中は東京都の教育庁と交渉。この4月に開校した永福学園肢体不自由教育部門の保護者の方々と、杉並区の井口区議、早坂都議、中野区の川井都議の同席で、教育庁の特別支援学校担当の課長達と話し合った。開校までに用意しておくべき、設備や備品が用意されておらず、5人配置するべき看護師もやっと2人が配置された程度で、また肢体不自由児の経験のある教員の配置が不足しており、適切な教育が行われていない状況にある。教員や外部専門家の配置を見直してほしいこと、設備・備品を早急に充実してほしいこと、また、吸引などの必要な子ども達の保護者がスクールバスに同乗することを都として認めてほしいことなどを、要望した。新しい学校として期待されていたはずなのに、なぜこのような不十分な状態で開校したのかと、重度の子ども達のことがわかっていないのではないかと、保護者の方々の怒りと不安がぶつけられた。保護者の方々のお話を聞いていると涙が出そうになった。ほんとうに都は早急に改善策を講じてほしい。

 午後からは、参議院会館で行われた、「臓器移植法改悪を考える緊急院内集会」に参加した。「脳死を人の死」としたA案が先日衆議院で可決された。さまざまな立場の人たちが、それに異議を唱えていた。長期脳死状態にあった中村ゆりちゃんの記録ビデオを見た。余命1週間といわれたゆりちゃんは1年9ヶ月生きた。脳死と言われたが、身長は10センチ伸び、体重は5kg増えた。心臓は鼓動を打ち、体には暖かい血が流れている。これを「死」というのか。心臓の鼓動、暖かい体、これを法律で「死」と決めるなんて、ほんとうにおかしい。両親は「生きる形が違うだけ。一つの命としか言いようがない。」と言う。ビデオを見ながら涙が出る。心臓が止まり、体が冷たくなっはじめて死を人は確認することができる。心臓が鼓動を打ち、体が大きくなる子どもを「脳死だから死んでます」なんて、とても受け入れられない。こんな法律が国会で通ってしまうことに、ほんとうに怒りを覚える。D案だからいいというものでもない。こんな風に人の死を決めてしまったいいものだろうか。参議院で廃案にするべきだ。

福祉・社会保障
2009/06/25




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