*曼珠沙華と高麗神社お彼岸の1日、お父さんを朝、たたき起こし高麗神社へ連れて行ってもらいました。
高麗川の巾着田には曼珠沙華の群生がどこまでも続いていました。花の中を遊びたかったのに朝露で体がビッショリ濡れるので”はいっちゃダメ・・・・”って起こられたのだワン・・高麗神社は、高句麗国の王族高麗王若光をはじめとした高麗人達が唐・新羅の連合軍の攻撃にあい667年に滅亡した。この乱を逃れた人々が多数日本に渡り、住んだが、716年(霊亀二)そのうちの1799人が武蔵野国に移され新しく高麗郡が設置され、後に源氏と縁を結び、武蔵野の開発に尽くした
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