昨日は父の日でした。鳥羽新田八幡神社の古い写真が見つかりました。その他。昨日は、夏至で、また、父の日でした。妻は、昼食に特大弁当(すし)を食べさせてくれました。娘夫妻は、フランス菓子「フロマージュ」を送ってきてくれました。後期高齢者になる前の最後の父の日でした。平和です。
明石が町から市に変わったのは、大正8年のことです。大正8年に、『林崎村郷土誌』(金井作次郎編・林崎村役場発行)が、非売品として出版されています。それに、「鳥羽新田八幡社」の写真が掲載されています。神戸新聞のカメラマンが欲しがっているそうです。記事の参考文献は、4通、ファックスで、神戸新聞明石総局に届けてあります。松の木が高く多く、見られます。鳥居の南側には、茶畑が見られます。のどかですね。
話題を変えます。私が元被差別部落出身者であると、思っていた人を、列挙します。
元神戸大学教授、杉山明男、元武庫川女子大学教授、安達五男、元武庫川女子大学事務局長、荻野八郎、元武庫川女子大学教授、森川恵昭、元神戸親和女子大学教授、田川浩三、元滝川中学校教諭、朝田勲、中学校同級生、小林茂保・浅沼克次、高等学校同級生、村田文雄・角谷政保・田中利男、妻元同僚、白井淑子、鳴松会明石支部員、香山汎美・・・
部落問題研究者(2名)、元被差別部落出身者(8名)が、圧倒的に多いですね。中途半端な知識に惑わされているのです。正確な知識を持ちましょう。
1660年から、生まれたばかりの鳥羽新田村に住み着いている人の子孫は、次の通りです。
岸本真治(かやみさん)、岸本孝是(へいだはん)、岸本佐市(じんべはん)、岸本雅之(ぜんよみさん)、井上喜博(よいちろはん)、井上政純(てるさん)、井上ふみ子(きよいったん)、澤田則雄(じろうべはん)、澤田一雄(かずいったん)、山口里志(うえはん)、山口靖彦(きいはん)、岩佐克彦(まさいったん) 計12名
全部、揃っているのですね。
鳥羽新田村について、補足。
土地の広さは、17町歩(17ヘクタール)超です。町内会員数は、50軒です。戦後、移住してきた人々は、加入させていません。子ども会の範囲だけでも、80軒以上おられるでしょう。子ども会では、移住してきた人々の子どもが、約30名、鳥羽新田町内会の子どもが、数名です。寿老会で、75歳以上が、約30名(男性約10名、女性約20名)、移住してきた人々で、75歳以上が、3名位です。陰で他人の悪口を言う代表的な人物は、岸本雅之・澤田一郎です。自由民主党の後援会長と自由民主党員(自衛官の父)です。
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