★★映画「ひめゆり」を見た。

「ひめゆり」やっと昨日見てきました。ちゃんと書こうと思うと時間がかかって結局書けなくなってしまうので、今思うままに。
 
● 映画は、元ひめゆりの女性たちが、当時の体験をただ話してくれるというだけの内容。まず当時の彼女らの写真が写され、当時好きだったこと、どんな少女だったかという簡単な情報が文字で記され。今の彼女たちがかつてのことを話すという構成。それぞれの話のあとに、今の沖縄の風景が数十秒映される。

● 胸が詰まるような話にがーっと感情が高まるけど、すぐその自然音だけが静かに響く風景のシーンが映るので、息を止めるしかない。泣いたり鼻水すすったり嗚咽したりしたら映画館に響きわたっちゃうから。この映画を見て、「感動」して涙を流すなんてそんなこれみよがしなことはできないし。

● おかげで何度も窒息しそうになりました。

●見ながらずっと考えていたのは、彼女たちの言葉はどうしたら伝わるのかということ。平日の昼間だということもあるだろうけど、観客のほとんどが年配の女性だった。中には90歳は越えておられるだろうという女性もいた。たぶん、この映画をわざわざ見に行く人は、最初からひめゆりの彼女たちの言葉が届く人たちだ。

 ●映画の間、この言葉を、どうしたら、進んでこれを知ろうとしない人たちに届けることができるのかということばかり考えていた。こういうと傲慢な感じがするな。つまりは言い換えれば、かつての自分とか、今のうちの子どもたちとか。あとはネット上で出会う様々な「リアリスト」な人たちとか。

 ●昨年読んだ、『平和は「退屈」ですか〜元ひめゆり学徒と若者たちの五〇〇日』という本はとても考えさせられた。私もそうだったしうちの子にとってもそうだし、「平和」という言葉は何かをそれだけで伝えるだけの力がもうない。それは伝える側の問題じゃホントはないんだけど。

 ●受け取る側にも準備が必要で、例えばもう、わざわざ東中野の小さな映画館にこの映画を見に行く時点でこちらはもう準備万端である。でも、例えば今からライブにいって

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Jun 25, 2007




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