時が経つのは早いものだ。季節は冬、もう11月。ブログへの書き込みを自分がサボり始めてから、早くも一ヶ月が過ぎたらしい。感覚的には、まだ三日しか経っていないような気もするが。
 『何か』はあった。これといって大したことのない、『何か』はあった。肉体的なことで言えば、健康で、風邪や頭痛に悩まされることもない、会社と自宅を往復するだけの平凡な毎日。精神的には――相変わらずつまらないことばかり考えている。努力もしていないのに不遇な身の上に怒り、過去の取り返しのつかないことにイジイジといじけ、周りに見られてもいないのに絶えず目線を怖れ、そうして来るかどうかもしれない未来の、最悪の不幸に想像をたくましくしている。
 書くことはいくらでもあった。中日ドラゴンズがセ・リーグ優勝したことのうれしさと、日本一を逃したことの悔しさ。いじめ自殺について、テレビドラマの感想、国際情勢や経済状況、身辺雑記、家族に起こったよしなしごと、その他もろもろ……。
 しかし、自分はとうとう書けなかった。書け、と心に命じれば何とか書けた筈なのに、書けなかった。意味のない、抽象的な、無理矢理創った文章になるのが怖かった。格好付けて言えば、魂の抜けた、命のない文章になるのが怖かった。
 自分は実を言うと、文章を読むのがあまり好きではない。それでもどうしても読まねばならないと思う時がある。精神がそこ追い込まれた時はやはり、命が吹き込まれた文章を読んで見たいと思うものだ。悩んだり、苦しかったり、寂しかったり、悲しかったり、時には死にたいと思ったり……。そんな時にたまたま開いたページが、命のない文章で埋め尽くされていたりしたら、どんな風に思うだろう……。
 そんな、ブログは大袈裟なもんじゃない、気軽に書けばいいんだ。そう思う時もある。自分はブログを始めるにあたって、最初に、『誰も見ていないと思うから書ける』と書いた。『もしかしたら、この文章を読んでいるのは自分だけかも知れないから、気軽に書ける』と書いた。しかしどうもそうは行かないらしい。公の場所に晒す以上、少なくとも数人はぽつぽつと踏むし、踏まれた以上、何らかの目線に晒されることを意識せざるを得ない。
 いや、何よりも、自分は自分の心に嘘をつくことが出来ない。自分はやはり、訪問者がいることがうれしいのだ。他人に、自分の書いた文章を読まれることがうれしいのだ。アクセス解析を、よく見る。そんな自分を知ってしまった以上、やはり何よりも大切な訪問者をがっかりさせないために、とてもとても慎重にならざるを得なかったのだ。後から読み返して、ああ、こんなことを書かなかったければ良かったと、自分自身が後悔しないためにも。
 本当に、ただ誇大妄想で大袈裟に考えているだけなのかもし

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日記・コラム・つぶやき
2006/11/08




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