Amarcord/缶詰昨夜、あなたと話す前、
私がこの映画を観ていたことを、
知っていたでしょ。
びっくりしたな、
また今日見せてくれたのね。
Amarcord の話しをするね、
はじめて観たのは、
偶然だった。
どんな夜だったかは思い出せないけど、
夜で、
テレビでやっていたの。
いつの間にか見入ってしまい、
いつの間にか観終わっていた。
一見、どうというような映画ではないのだけれど、
どうしてだかわからないんだけど、
私はその後購入して、
こういう場合の私の例に漏れず、
しばらくはまって、
何度かね、見た。
で、昨夜、
あ、Amarcord だ!
Amarcord をやっていたの、テレビでね、
で、チャンネルをあわせたの。
そうしたら、
親しい、ひどく懐かしい感情が
たちまち訪れてきて、
体の奥から揺らぐような、
ざわめくような、
そう、この感じ、
不思議な懐かしさの場所に
また私は行きました。
でもね、懐かしいだなんて変でしょう?
一度も訪れたことのない、
イタリアの、
ムッソリーニもファシズムも、
何にも知らないくせに、
これはどうしたことかしら。
映像の風景は、
ある時代の、
ある種のイタリアで、
この感じはなんだかそう、
そういえば、あなたに似ているわよ。
まるで台所の片隅に
小さい頃あった
舶来物の缶詰みたい。
時間が止まっていて、
安心だけどちょっと陽気な、
くすんだ赤や黄色、緑の縞模様のラベルには
果物とか野菜とかソーセージの絵が描いてあったりして、
水の中で見たときみたいに
寛大に揺れているの。
嘘っぽいみたいに、健気に。
沈黙のざわめき?
って、変だけど、そうとでも言うような無音で、
でも、だからほんとうはちょっと危険なのよ。
不釣合いな、
(1/2) 次»
コメント(4)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
このブログを友達に教える