行く春を近江の人と惜しむ

 元禄3年(1690年)3月、47歳の芭蕉が膳所滞在中の句、 

 行く春や近江の人と惜しみける

 前書に「志賀辛崎に舟をうかべて、人々春の名残りをいひけるに」とある。近江の門人達と春を惜しんだ、と云っただけの句だが、「湖水朦朧として春を惜しむ」と去来の弁にある通り(膳所蕉門の尚白(しょうはく)が「近江は丹波に言い換えられる、行く春は行く年にも換えられるとケチを付けた所、去来がとんでもないと芭蕉を弁護した去来の自慢話~去来抄~)、琵琶湖の風雅を詠み込んだ句。語呂も良い。みのる君の好きな句の一つ。

 前述の「行く春や」は「真蹟懐紙」にあり、「猿蓑」では「望湖水惜春」と前書して、「行く春を近江の人とおしみける」となっている。改変しており、芭蕉自身も気に入っていたか。義仲寺の句碑には「芭蕉桃青」とあった。

 この時期、芭蕉は義仲寺の草庵を主宿にしていたが、4月になってから幻住庵に移った。

芭蕉
2009/04/08



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