静御前の舞。
さて、源平合戦の後、兄の
源頼朝との対立があり、文治元年に
義経が、京を落ちて九州に向かう時に
静御前も同行しますが、その折りに船団は
暴風雨で難破。岸に戻されました。その時に
義経に従ったのは、源有綱・堀景光・弁慶・と
静御前のみと言はれています。後日、
義経が吉野山に隠れているとの噂が立ち、吉野山の僧兵の捜索。藤尾坂の蔵王堂で、京に向かう
静御前は、途中で従者に金銀を奪われて、山中をさまよい僧兵に捕らえられ、京の北条時政に引き渡されました。文治2年3月に母の
磯禅師と鎌倉に送られた
静御前は、一緒に鎌倉の
安達新三郎の屋敷に入りました。
静御前
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