身のまわりの「天皇制」

1月1日、姉のマンションに行った。つけっぱなしのテレビから現代風にアレンジされた「君が代」の歌が聞こえてきた。天皇杯全日本サッカーのテレビ中継だった。胸くそがわるくなった。「テレビ消して! 君が代なんて聞きたくない!」。私は声をあげ、姉の家のリモコンを必死に探して、歌の途中で消した。12月28日に観た南京大虐殺の演劇「地獄のDECEMBER」の記憶が鮮烈だったせいもある。が、それに加え、ことし3月、「君が代」を歌わないだけで解雇の危機にさらされている根津公子さんのことも頭によぎった。民主主義を装いながら、着実に「国家主義」に突きすすむいまの日本。それを無意識に支えつづける日本人。年賀状をみる。私に来る年賀状の9割以上が西暦表記だが、なかには「平成」表記の人もいる。仕事上の事情などがあって「平成」を選ぶ人もいるだろう。が、社会運動をやっている(やっていた)人で「平成」の人がいるとちょっと驚く。「天皇制」とは過去の戦争問題だけではない。人間にエライ人・特別の人をつくることは、結局差別を容認することにつながる。もちろん現体制にとっては、そのほうが都合がいいに違いない。「日の丸あげない」「君が代歌わない」「平成使わない」など、身の回りの「天皇制」をなくしていくことが、本当の「自由と民主主義」をつくっていくうえで、とても大事だと思う。(ラビ)

2008/01/02




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