2009年6月第2週のメッセージ

「人種の起源
●聖書箇所:使途の働き17章26節
もし、人類がみなアダムやノアの子孫なら、どうしてさまざまな特徴の人種が存在するのか、不思議に思ったことはありませんか?進化論によって人種とはサルから進化した人間が地域によって進化の程度に差が出た結果と考えられました。このことが人種差別に拍車をかけたことは明らかです。
20世紀に多くの猿人の化石が主張されましたが、ほとんどが密かに捨てられました。今日、アウストラロピテクスが盛んに取り上げられ、教科書にも載っています。しかし、それは全身の40%ほどの骨で、別々の場所で発見された60個の骨の断片で組み合わされました。オクスナード博士は、それは、人間でも、類人猿でもないと結論しました。
 ホモ・エレクトス、すなわちネアンデルタール人などは、人間の多様性の範囲内にあります。すなわち、猿人と主張された化石のすべては、捏造として葬り去られたか、サルと人間のいずれかに再分類されたかのいずれかです。
 では、人種の多様性はどのように出現したのでしょうか?たとえば皮膚の色は、多くの色素ではなく、メラニン色素のみが存在していて、皮膚で作り出される量に差異があるのです。少量のメラニンでは白い皮膚、多量のメラニンを発生すると皮膚は黒くなります。
メラニンの役目は紫外線から皮膚を守ります。もし、白い皮膚が太陽光を浴びすぎたら、日焼けで皮膚がんになります。逆に、黒い皮膚で日照がほとんどないなら、ビタミンDが欠乏して、くる病など、骨の障害を引き起こします。ですから、黒い皮膚の人は日照が少なく寒いところで、白い皮膚の人は紫外線の多い熱帯で生きていくのに不利です。
さて、もし、皮膚が黒い人と白い人が結婚するなら、褐色の子(ムラートと呼ばれ、メラニン発生遺伝子がちょうど振り分けられている)が生まれます。そしてムラート同士が結婚すれば、黒から白までのあらゆる皮膚の色をした子が生まれることはよく知られています。このことから、最初にすべての皮膚の色がなくても、ただムラートの両親がいれば、いきなりいろいろな皮膚の色の人たちが何の問題もなく出現するのです。
洪水後、バベルにいた人たちは家族内でも様々な皮膚の色があったでしょう。それらの集団がバベルを離れ、それぞれが異なった気候環境に遭遇しました。日照に乏しく寒い地域に移動した集団の中で黒っぽい皮膚の人たちは十分なビタミンDを作り出すことができず、健康が損なわれる傾向にあるので、子どもを設ける数は減少します。それで、白い皮膚の人たちが支配的な集団になったのでしょう。
興味深いことに、日照の少ないヨーロッパのネアンデルタール人は骨がゆがんでおり、ビタミンD欠乏の証拠です。黒い肌の人

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2009/06/12




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