人が動き仕事が動くシェルブールの広い工場団地の一角で、敷地の周囲にたくさんの白いTシャツを廻らせている工場がある。シャツには労働者の訴えるスローガンが色々書かれている。隣のシルヴァンと話をしていたら、この工場は彼の勤め先であった。ここはカリフォルニアに本社のある電子機器受託製造の大手の工場であるが、3月に閉鎖するという。Tシャツが翻っているのはそのためである。
そのあとここの仕事はどうなるのかと尋ねると、会社は生産をハンガリーとタイに移すという。そうか、ここもそうなのか。昔ながらと見えるコタンタンにも世界の動きが及んでいる。昨年の今頃シルヴァンとリンダは会社の福利厚生で初めてのスキーを楽しんでいたのであるが。
今、どの国でも多くの仕事が低賃金の国に移動している。シルヴァンの会社のように大企業が先進国にある工場を閉鎖する。中小企業が発展途上国との価格競争に敗れ操業を停止せざるを得なくなる。先進国の普通の企業に働く者が、突然自分の仕事を失う可能性がある。世界は大きく変わりつつある。
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あれこれ考えているうちに幾つのことが見えてきた。まず移動するものが変わってきている。
(これまでは人が動いた)
従来は仕事を求めて人が動いてきた。昔の集団就職、今ならブラジルや東南アジアから来て日本の工場で働く人たち、ひところ話題になったフィリピンからの歌姫たちもそうである。
ヨーロッパなら、昔スペインから多くの人がお手伝いさんとして英仏に来ていたし、ドイツで求めたトルコのガストアルバイターも然り。今なら新たにEUに加盟した東欧からの出稼ぎや、ムスリムの人々がいる。
(今は仕事が動く)
それが最近では仕事の方が、賃金の安い所を求めて動いている。昔も植民地に工場を作ることがなかったわけではないが、それは安い労働力だけではなく原材料がその近くにあったことが主たる原因であったろう。現在の仕事の移転は主として賃金(労働の質には留意せねばならないが)によるもので、歴史的に見れば新しい傾向である。
ではなぜそれが可能になったのか。輸送手段・通信手段が発達し、物も情報も昔と比較にならないほど簡単にやり取りできるようになったからである。仕事を原材料のある所でする必要は無くなる。発達した通信手段を使って在宅勤務をするのも同じこと。
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次に、移動するものを人と仕事の2つと捉えたときに、両方とも移動は一方通行になる性質がある。移動は両方向に平等なのではない。
(人の移動の不可逆性)
まず人の動き。これは貧しい所から富める所へ、田舎から都会へ、発展途上国から先進国へという流れが主で、逆には動きにくい。人は生活水
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