英語の授業を英語で行う方針について

ニュースによると、高校の新学習指導要領案に、高校の英語の授業をできるだけ英語で行うのが望ましいと書いてあるそうですね。これは大変素晴らしいことです。こういうときに、「できませ~ん!」と叫ぶのは、だいたい無能教師なので、この文部科学省の方針に対してどんな奴が文句を言ったかを記録しておき、後でクビにすればいいのです。とはいえ、公務員諸君のクビは切れませんよね~。派遣社員諸君が簡単にクビ切りにあうご時世に、公務員の教員諸君は、ハハ呑気だね~と、わが世の春を謳歌しておられます。生徒相手に痴漢行為でもすれば別ですが、年がら年中工夫のかけらもないくだらん授業もどきを、それも長年垂流して、若い生徒諸君の知的向上の機会をおおいに奪っておきながら、なんのお咎めもないのですから。

英語教員諸君に対しては、毎年、客観的な英語の試験を受けさせ、点数が伸びない者はクビにするようにすればよいのです。試験については、TOEICでもいいでしょう。そういう提案をすると、これまた必ず、「試験の出来と、授業の技術は別物であって、試験で教員のよしあしを判断することはできない」とかなんとかかんとか、グダグダ文句を言う教員が出てくると思いますが、これも誰が文句を言ったかを記録しておき、後でクビにすればいいのです。これは個々人の能力の問題というより、向上心の有無の問題なのです。自分自身が勉強をろくにしないのに、どうして生徒さんに「もっと勉強しろ!」と言えるのでしょうか?そのあまりの厚かましさに吐き気がしますね。

人にものを教える職業の人は、いつも勉強をしなければなりません。というか、優れた教員の人はいつもそうしているでしょう。既得権益にしがみついた無能教員を辞めさせることが、教育改革に最も必要なことです。

雑談
2008/12/23



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