「球磨1941」建造日記 ③皆さん、こんばんは。 ![]()
急に朝晩の冷え込み厳しく感じる今日この頃です。
さて、本日は第3船台長の報告です。
報告・・・、我が「球磨」の建造、失敗してしまいました。後部シェルター甲板の張り出しが右舷側と思っていたのですが、左舷側の間違いであったようです。
”知苦労度”さんのご指摘により判明しました。5,500t軽巡の難しさを痛感した次第です。そうとも知らず・・・、本日は以下の作業を行いました。
・伸ばしランナーにてリノリウム押さえモールドの再現
結局このパーツは「球磨」には使えませんので、僚艦「多摩」の部品とし、「多摩」よりシェルター甲板パーツを調達して左舷側を拡張したいと思います。
”知苦労度”さん、貴重なご意見、ありがとうございました。!(^^)! 大変助かりました。
言われるとおり、艦スペの№29の図面を参考としたのですが、まさか左舷だったとは。実はせっかく”知苦労度”さんが画像を添付してくださったのに、その後の手持ち資料で左舷から右舷と思い込んでいました。手持ち資料でもう一つ確認したものとして光人社の日本海軍艦艇写真集№13があります。この中でも文章で右舷を拡張と書き記しています。でも、指摘されて気がつきました。この文章には5,500t軽巡の中で「球磨」が最も早くシェルター甲板の改装をしたとの記述があります。この文章から察すれば、おのずと左舷側の拡張とわかりますね。だって、僚艦「名取」や「阿武隈」は左舷側の拡張ですから・・・。![]()
カテゴリー一覧
最近のコメント
新着記事をメールで通知
このブログを友達に教える