東ドイツ紀行(1986年5月)・その1第 一 章
なぜ、東ドイツにいったか
なぜ、東ドイツにいくことになったのか自分でもよくわからない。確かに、戦前生まれには馴染みの深い街、ベルリン、ポツダム、バッハゆかりの地ワイマール、ライプチッヒなどに心を惹かれたこともある。しかし、一番みたかったのは歴史ではない、「いま」の東ドイツであった。
だから、東欧諸国の旅はパッケージツアーのほうがなにかと便利とはわかっていながら個人旅行でいこうときめたのだった。
旅行情報をもとめて
ふだん、海外旅行をするときはまず、ガイドブックなどでおおよその計画をたて、入口と出口にあたる空港、出発日、帰国日をきめて航空券の予約をする。ところが、今度の旅行はちょっと勝手がちがった。
まず第一に、ガイドブックのたぐいが少ないのにびっくりした。非実用ガイドともいうべき、この国の歴史、文化などに関するする本はたくさんあるのに!
よく利用しているブルーガイドシリーズには東欧編はない。交通公社のほうはあることはあるが個人旅行者の役にはあまり立ちそうもない。
舶来もののほうもミシュランは当然としても「$35 A DAY」シリーズにもない。ひとつ、「地球の歩き方」だけが多少なりとも実際に役にたつ東ヨーロッパ編をだしていた。愛用しているトマスクックの時刻表も東ドイツにはわずか6ページしかさいてくれていない。
こうなると、たよりになるのは東ドイツ観光局ということになる。地下鉄の青山一丁目の近くの個人の家のようなマンションの3階にそのオフィスはあった。
おすおずとベルを押すと中からてきぱきとした女性の声で「あいていますよ!どうぞ」という。初対面の印象はややきつそうな感じであったが、だんだんこのひとが親切でしかもかなり有能だということがわかってきた。「パンフレットは」。「ここにいろいろありますから好きなのを持っていってください」。「国鉄の時刻表は」。「これを見てください。でも、あっちへいけばキオスクで買えますよ」。「音楽会はやっていますか」。「当然です。ここに年間スケジュールがあります」。という具合にどんどん情報が手に入った。と同時にそれまで、この国に対して抱いていた「何となく近より難い国」という先入観が消えていった。パンフレットは主要観光地ごとに個別にあり、わかり易い、使い勝手のよいもので、これを見るとこの国が観光事業になみなみならぬ力を注いでいることが察せられる。
ビザをとる
観光ビザで東ドイツにいくには、この国のライゼビューローに滞在中に泊まるすべてのホテルの予約をしてバウチャーをもらいパスポートにこれを添付してビザを申請することになっている。一番簡単なのは、西
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