オーストリアからのメール(15)

◆二〇〇七年(平成十九年)十一月二十九日
十二月十一日のウィーン西駅からフェルトキルヒまでの時刻を調べたところ、ウィーン九時四十分発、フェルトキルヒ到着十六時四十分で確認しました。しっかり暖かいコートを着ていらっしゃることをお勧めします。
先週月曜日久しぶり練習に行きました。バド暦十年のルドルフ、四十歳の男性なんですが、去年の暮れあたりから右手に激痛が走りラケットがもてなくなってしまいました。お医者さんも神経を痛めているとかいったらしいのですが、諦め切れなかった彼は四月から左手で始めました。みなからそこまでするかといわれながらも練習を始めた彼、一か月ほど会わなかった私は彼の進歩にびっくりしました。
彼自身、右手以外は問題ないからここでやめるのはもったいないじゃない、試してみるのも悪くないよ、と人間やはり前向きであるべきだと考えさせられました。
◆二〇〇七年(平成十九年)十二月二十日
オーストリアの旅お疲れ様でした。チェチェン人とのどんちゃん騒ぎありましたね。芦原コーチが帰国されてからずっと最低気温はマイナス8度の世界です。九時からニコちゃんの学級のお母さん仲間の家でのシャンペン朝食に招待されているのですが、いまマイナス9度で、歩いて彼女の家まで行かないとと思うだけで震えが。
◆二〇〇八年(平成二十年)一月二十二日
今週誕生日を迎えられたんですね。おめでとうございます。バドミントンは十代後半から始めたとかおっしゃってましたよね。ということは四十年以上バドミントンが芦原コーチの人生の地軸となっていると計算していたところです。
私は二週間前の混合複の試合途中、右足の脹ら脛を痛めてしまいしばらくバドミントンができない状態となりました。昨日恐る恐る練習に参加して試してみたのですが完治していなかったらしくまた振り出しに戻ってしまいました。
情けないと思っていたところへノーベルトが封筒をくれ、中を開けてみたところ私とHebiへの誕生日の招待状で「二十年、二十年」と記してありました。彼は二十歳まで生まれ故郷のチロルで、後の二十年をここフォアアールベルグで過ごしたためです。評言に、きてくれる方は、僕に贈り物をもってこないでください。みながきてくれるだけで本当に僕は嬉しい。もし、それでもなにかもってこないと気がすまないという人は、僕の愛するフェルトキルヒ・バドミントン・クラブ用の募金箱を用意しておきますのでその中にあなた方の私に対する気持を入れてください。僕に贈り物をしてくれても僕のお腹が成長するだけですが、クラブは資金があることで技術も体制も成長できますと。
ノーベルトは本当にやってくれるなと思いました。いつもみなを笑わせようと企んでいる着想の豊かな人でもあります。みはる
(*二〇〇

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スポーツ
2008/03/06




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