単は嫌だはだれのせい 

「「単は嫌だはだれのせい」といってラケット店の店長が笑っている。信じまいが小学生で、単をするのは嫌だという子がいるのだそうである。単はきついので、複の方がいいといっている。
そんな子がいるのかと怪しむだろうがいるのである。冗談ではないかと思っている。この子は六年生。公認スポーツ指導者が指導している。日ごろどんな指導をしているかだった。指導というのは、よりよくする約束である。
またバドミントンの指導者が子どもたちになぜできないんだということ、自分にいうことに似ている。これはみずからが分かってないとそうなる。「天に向かって唾を吐く」と分かっていても、いわないでおられなくなる。これは自分が分かってないから、いくらいっても無駄なのである。こんな指導はありがたくもなければためにもならない。虎よりも恐い。それでも子どもたちははい、としかいわないから指導者の良心は痛まない。
以上はかならずしも昔話ではない。いまもそうであるが、本人が分かってないから手がつけられない。間違った練習は反復されることによってより下手になるという。野球の野茂英雄やイチローさんは投げ方や打ち方を直せといわれたので苦労した。その答えは直さなかったのが正解。
自分のことを棚にあげていえば、指導者の指示どおりにしか動かない選手は落第だと私はいう。そんな選手は幼稚園児だ。世の中には一割現象というのがあった。すべての組織はつねに十人に一人の屑を生んでいる。もちろん私がこの中に入っていれば最低二人になる。
(*二〇〇八年二月十四日記)

スポーツ
2008/02/14




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