自由って一体なんだー?

 「♪自由って一体なんだー、自由になりたくないかー?♪』って節を聞いただけで、尾崎豊さんの曲を思い出された方は、なかなかの尾崎ファンの方です。さて、彼も曲の中で熱唱していたこの「自由」って一体なんなのでしょう?


 今日ふと、西部ガスが発行しているフリーペーパーの「&and」(No.123)のなかに掲載されている「斉藤教授の家族塾」という連載の第7回目「母親力を鍛える Part 2」を目にする機会がありました。本文の主な内容は、「親として子供に「どうして勉強するの?」と聞かれた時に、その説明ができるように」や「勉強・勉強時間の必要性について」の説明です。その中の下りに、「.....勉強しないことが自由だと思っている子供が多いでしょう。けれども、本当の自由というのは自分でしたいことが選べるということであり、そのためには勉強して自分の世界を広げ、選択肢を広くする必要があります。.....(略)」(10項)という部分がありました。それを読んで、目から鱗でした。なるほど〜。そういう考え方もあるんですな。


 で、ここからが斉藤先生が書いた箇所を読んで僕が考えた事です。自由にも、各レベルがあるように思え、一言に「自由」って言っても、多種多様なものとなるのではないでしょうか。まず、この話を整理する為に僕が考えた、「自由のレベル分け」を説明させていただきたいと思います。が、逆説的に考えると、いかに我々が「制限」を受けているかを考えた方が、話がより整理されると思い、「制限のレベル」を書き出す事にしました。

まず、はじめにくるのが1)「生命体レベルの制限」。続いて2)「国家レベルの制限」、3)「社会レベルの制限」、4)「家族レベルの制限」、そして最後に、5)「個人レベルの制限」があるように思います。おのおの説明していきますと、「生命体レベルの制限」とは、例えば、人間は、大気圏を出て宇宙にでると、無酸素状態のなかに入ることとなり長くは生きながらえないでしょう。不自由です。同じように水中でも、ある程度は無酸素に耐えられますが、やはりいずれ不自由つかまつります。つまり、人間というカテゴリーに属する限りは、有酸素の陸上などで制限をうけない「自由」を獲得することができます。次に、「国家レベルの制限」についてです。ある国で、または特定の国の両親から生まれて、国籍を与えられると、人はその国に属する事になります。これは、一度1つの国籍決まってしまうと、所定の法的な手続きを行わない限りは変更する事ができません。よく「警視庁24時」などで、「自称中国人の男が。。。」などのナレートが入ったりしますが、「自称」は「自称」であって、本当の国籍は一つ(又は国によって2つ)です。さて、次に「社会レベルの制限」についてです。身近なとこ

(1/2) 次»

日記・コラム・つぶやき
2005/09/16




コメント(0)|コメントを書く

カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール

このブログを友達に教える

コミュニティ | 有名人・芸能人ブログ | ケータイ占い | ケータイ小説 | 掲示板


画面TOP↑


powered by cocolog