Solitude(孤独)について
私の講演テーマの一つである「孤独」のついて考えたいと思います。
多くの人々は、この言葉をあまり考えないようにしているのではないでしょうか?そんれを深く考えると、淋しさがこみ上げるのでしょう。また、ろくなことを考えないのでしょう。「孤独」イコール「暗いイメージ」と考え、それを直視することを避けているように思われます。しかし、それを真っ向から向き合うならば、底知れない素晴らしいパワーを獲得することできるのです。多くの偉大な人間は、孤独の中ですばらしい作品を作り上げて来たのです。それらの偉人の例は、数知れないのでこの紙面では、ここに取り上げません.しかしながら、
それを利用することは良い面と危険な面の両方を持っていることも忘れてはならないのです。危険な面は、言うまでもなく、自分を滅ぼすパワーも兼ね備えていることです。
人間は、孤独の中で脳が特別な潜在能力を引き出し、良い作品、言い換えれば、芸術の創造を作り上げているのかもしれません。別に「芸術の創造」だけではなく、宗教の世界でも、「孤独の重要性」が強調されるのです。宗教では、一般的に孤独の中で神や天使との出会いがあり、啓示があり、悟りがあるといわれています。なにゆえに、孤独の中でそのような現象が起こるのでしょうか。また、一般人でも孤独の中で何か不思議なことを感じることが多いのではないでしょうか?
この紙面を借りて、「孤独の効用」として「孤独の安堵感」について一つ興味のある事例を紹介したいと思います。アンソニー・ストーの「孤独」という本の中に次のような事例を取り上げています。「1934年の冬、南極大陸の前線気象観測地の要員として、たったひとりで南極に滞在することになったバード提督の日記には、次のことが記されているのでした:午後4時、氷点下89度(華氏)、いつものように散歩に出た。私は静寂に耳を澄まして立ち止った。昼は死に夜が生まれつつあるーーーしかし、まことに静かである。ここには測り知れない宇宙の営みと力が、調和と静寂を保って存在している。調和、まさにそれだ!それは静寂から生まれてくるものだ。やさしいリズム、完全な和音の旋律、おそらくは天体の音楽。そのリズムを捕えれば、一瞬でも自分がその一部分になれば、それで充分であった。その瞬間、私は人間と宇宙の一体性に何の疑いも感じなった。その時確信したことは、そのリズムがあまりに秩序正しく、あまりに調和的で、まったくの幸福の産物とは思われないほど完全であるということ、それゆえにこの全体の中に目的があるに違いないということ、人間が偶然の派生物ではなく、その全体の中の一部であるということ、であった。それは、理性を超越する感情であった。それは人間の絶望の核心にまで至り、そ
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