地球規模の環境について一言

このテーマは、最近世界で真剣に考えられていますテーマであります。
今回、あるきっかけからこのテーマについて書かせられた経験から、私がこのテーマについて日頃考えていることを述べたいと思います。
このテーマについては、多くの人々が話題として取り上げますが、何か表面的なことの見解が多く見受けられます。このテーマについては、もっと深遠な分析をする必要があると思われます。現在、「オゾン・自然破壊」が世界中で蔓延し、自然無視の態度やそれに対する畏敬の念が喪失し、多くの自然が失われてつつあります。、まさに、人間の傲慢さ・人間の至上主義・人間中心の世界観が、その大きな原因で、その起源はキリスト教の存在を抜きには考えられないのです。その宗教は、人間中心の考えであり、人間万能主義であります。自然(環境)破壊がすべてキリスト教に起因するとは思いませんがその片棒を担いでいると思われます。また、「都市化」の現象も重要な要因であります。つまり、都市化の拡大に伴って、周囲の森林や山脈などを破壊することを必然的に起こしてるのです。都市の本格的な形態の出現は、古代ではウルク、ウル、モヘンジョウダロであり、ローマ帝国のローマでありますが、一般的には中世ヨーロッパの期間の都市の出現であるといわれています。但し、中世時代の期間では、それらの都市は、まだ小規模でありましたので、地域的な範囲内での問題としてとどまっていました。しかしながら、グローバル(地球的)な問題(自然破壊に伴って大洪水)が都市化の拡大に伴って顕在化してきたのです。人間の欲望はとどまることを知らず、つまり、都市への人口過剰が続くと経済は次第により多くの人間の欲求に応えるべく、合理的な方法で多くの商品の生産のために大規模な工場施設が必要になってきたのです。具体的には、工業化・機械化が生まれたのです。その後押しとして「化石燃料」である「石油」に大きく依存しているのです。これが「地球温暖化現象」の一因にもなっているのです。まさに、人間の傲慢さへの戒めとして、自然からのリベンジが始まっているように思われます。
いずれにしても、ルソーがかって提唱した言葉「自然に帰ろう」が思い出されます。人間がすべての合理化主義に突き進むならば、人類、否地球という惑星に何も生物が生息しない将来が見えてくるのです。
人間が自然と共存できる世界を早急に作らねばならないと思われます。(続く)

学問・資格
10 Aug 2008




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