私の感じたままに

先日、秋も深まりつつあったころ京成線の中山駅を降り立ちました。心は仕事もなくうちに一人でいても仕方がないので、寂しさを忘却のかなたへ押しやるつもりで、ここ中山駅へ来たのです。過去に2・3度訪れているのであるが、古の風情を感じるところである。中山法華経寺への参道のお土産店の数の少ないこと。寂れた参道の印象を受けます。道を行き交う人々の顔にも何か精気を感じない。そのような見方をする自分の心の中の鏡が曇っているからであろうか?そのような見方しかできない自分が情けなく、またその人たちに失礼な見方をして悪かった気持ちに襲われるんです。--いつまでもその気持ちを持ったまま参道にとどまっているのが、気恥ずかしくなってきたので、再び歩き始めると、目の前に法華経寺の玄関である山門の左右にある大きな仁王さんたちに出迎えられ、ふとその境内の概略図に目をやると、見慣れたはずの地図に右上の方に奥の院と書かれていた文字が目に入りました。私は、そこへ言ってみたい衝動に駆られ、仁王門の本道へ通じる道からわきへそれ車道に出て、秋の夕方の日差しを体全体に 浴びながら、のらりくらりと坂道を10分ほど歩いたところで、まるで女性のスカートを広げたように何段もの石段を敷き詰めている情景に出会いました。そのスカートのベルトで締め付けるあたりにお寺があり、こちらを向いて立っていたのです。ふと、現世の悩み事を忘れさせるものでした。そして、われに帰り再び坂道を『奥の院』目指して歩き始めたのです。しばらく行くと、道の分かれ道に、それは『奥の院の道』と書かれた見るからに崩れ落ちかけた石碑に目が留まり、坂道に点在する住居となんと不釣合いにあることかと思ったものです。(今この暮れのクリスマスの時期に、そのときの記憶をたどると頭の中にある混乱が生じてしまうのであるが,とにかくそのときのことを書き留めておかねばならない焦燥の駆られるのです)とにかく、坂道をのぼりきり、あたり一面が開けた場所に辺りを見回してみると「奥の院」らしいものがないのである。しかし、ちょっと狭い道に入ってみると、見るからにいにしえのにおいがする山門が私の眼前に立ちはだかったのです。境内を恐る恐る眺めて見ると、私以外にいないらしく静寂に包まれた落ち着いた空気が漂っていました。境内の中ほどで本殿の朱色の飾り立てられたファサードに見とれていましたが、ふと、背後のことが気になり後ろを振り向くとなんと、幾千もの水子供養のお地蔵様さまが立っていました。また、本殿の右手奥には、滝つぼがあり10メートル以上の岩から水が流れ落ちると思われました。つまり、私が見たときは、水がなかったのです。あくまでも私の想像ですが、流れ落ちる姿は、爽快な眺めであるのでしょう。(続く)

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日記・コラム・つぶやき
18 Nov 2006




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