マイケル・ジャクソンについて色々思う事3

録画してあったCNNのマイケル追悼番組を見終えた。私にとって、ハイライトはブルック・シールズのスピーチだった。是非「マイケルジャクソン追悼式ブルック・シールズのスピーチ」で検索して観て欲しい。

マイケル音楽のジャンルってなんだろう?
マイケルから音楽に入った人は特にカテゴライズされる事なく、マイケルの音楽や存在を感じられたのだろうと思ったりするのだが、ソウルミュージックが好きな人だと、マイケルはジェームスブラウンの流れを汲んでいるとか、モータウンの云々みたいな話になる。80年代という切り口で考えるとマドンナやプリンス、バナナラマ位まで仲間になってくる。私位の中途半端な音楽ファンだとマイケルの立ち位置が非常に不鮮明で、一つのルーツを元に発展してきたのではなく、複雑に多くのジャンルが混ざり合ってポピュラーミュージックの肌触りをしている様に思える。私にとってマイケルジャクソンの音楽は「無条件に格好良いもの」ではなく「何かを突き抜けたからこそ格好良い」音楽に聞こえる。

マイケルのダンスってどうなんだろう?
私はその方面全く無知なので、おっさんの戯言として読んで欲しい。ジャクソン5~オフザウォールまでの動きは技術的な事は解らないが、特に新しい物ではないと感じた。当時コーラスグループがボックス踏みながら歌うのは当たり前で、弾き語りでない限り、黒人ミュージシャンは踊りながら歌う事が当然の事だと思っていたからだ。
スリラーのビデオを観た時に「無条件に格好良いもの」ではなく、コミカルな物に思えた。今では格好良いとされている全ての動きや決めポーズも、どこかユーモラスに感じた。チャップリンやフレッド・アステアとイメージが重なったからだ。

私は子供の頃映画が大好きだった。ビデオもDVDの無い時代、映画を日常的に感じるには、映画雑誌やサントラ盤とラジオ位。よく聞いていた淀川長治のラジオ番組で、チャップリンを絶賛しまくるので、豪華キャストの新作と同じ値段の白黒リバイバル映画「モダンタイムス」て観てしまった。先入観を持って映画を観るのは良くないと思うのだが、淀川長治のレクチャーを受けた後のチャップリン作品はどれも面白く、大好きだったクレイジーもドリフも55号も私の中で霞んでしまう程だった。しかし、直ぐに「なんか説教臭いわ!」とチャップリンに飽きて、ドリフの「ふんどし食い草」のがシュールで凄いと思う様になる。

リバイバル映画が新作と変わらず面白事を知ってしまうと大変で、子供のお小遣いには限界があり、外れた時のダメージはデカイ。「あ~カタログ的に沢山の名作が観れる映画があれば良いのにな~」と馬鹿な事を思っていると「ザッツ・エンターテインメント」という理想的な映画が公開された。名作の名シー

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25 Sep 2009




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