バロンの夢 (4)

 そこまでは何となくだが、覚えていた。だがその先の記憶が何も
なかった。それ以前の記憶もだ。なぜか今、この瞬間の記憶しか
ない。私はいったい何者で、何のためにここにいるのか。家族は
あるのか、仕事は何をしていたのかすらも全く思い出せない。さら
には目の前の二人の兵士が話している言葉も、私には理解出来
ないものだった。
 異世界にでも迷い込んでしまったのだろうか。どちらかといえば
空腹感はあるが、それとは別の何か、むらむらとした抑えきれな
い衝動が、心の中で疼いている。大声を出して叫び出したい気分
だ。ふと、手を見る。
『何てことだ…』
 あの毛むくじゃらの手が、また目の前にある。また化け物の姿に
なってしまっている。
『悪夢なら、早く醒めてくれ』
 私は祈りにも似た気持ちで、じっと檻の外の兵士を見つめていた。
フラッシュバックしていた牢屋の光景が、今、現実に目の前に存在
している。目の前の二人の兵士は、私を冷ややかに見つめながら、
何か会話をしている。
 ふと足もとを見ると、タバコの箱とライターがあった。私は気を落ち
着けようと、その箱をあけた。太い茶色の葉巻がある。その甘い香
りをかぐと、少し落ち着きを取り戻せた。今はジタバタしても始まら
ない。そう思った私は、ライターで葉巻に火を点けた。大きく息を吸
い込みながら、ゆっくりと煙を吐き出す。今は冷静になろう、そう考
えていた。
 やがて兵士が去るのと入れ違いに、白衣を着た赤いセルロイドの
眼鏡をかけた髪の長い女が、何事かを小声で言いながら、檻に近
付いてきた。彼女には、見覚えがあった。
『そうだ、思い出した。彼女が私をここから解放してくれるのだ』
 彼女こそが、私の唯一の理解者であり、協力者でもあるのだ。
「ああ、これでやっと解放される…」
 私は笑顔で、彼女に近づいて行った。

           * * * * *

「こいつ、自分が人間だとばかり思いこんでるのさ。たしかにある
程度は、こっちの言うことも理解出来てる時があるみたいだが」
「へえ、そうなのか。外見からは知能がそんなに高いとは見えな
いがな」
「こいつ、人の夢を食うらしい」
「夢を食う?」
「ああ、そういう噂だ。そしてしばらくの間は、その人間の意識でい
るらしい」
「じゃあ夢を消化するまでは、夢を食ったその人間になりきってる、

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小説
2009/03/11




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