声 母が、亡くなった。
数年前から入退院を繰り返して、父がずっと付き添いで看病し、
寝たきり状態が続いていたから、いつかはこの日が来るとはわか
っていた。だが不思議と実感はなかった。ずっと覚悟が出来てい
たからなのかもしれない。母の遺体と対面しても、涙が出るわけ
ではなかった。葬儀の時も、火葬場で骨を拾う時も、心はそこに
はなかった。
自分の中では、母は生き続けていた。小さい頃から母に甘えて
ばかりで、父よりも母を第一に考えてきた。身体が弱く臥せがち
だった小学生の頃、よく「具合はどうかね」と笑顔で尋ねていた母。
実家に戻っても、母に会うのは病院のベッドの上が多かったせい
か、未だに母はあの病院にいると思えた。帰省しても、あの病院
に行けば笑顔の母に会える、そんな気がずっとしていた。
大学生になった頃から、いつの間にか、おふくろ、と呼ぶように
なった。母はそのことについては、特に何も言わなかった。結婚し
て帰った時、女房を見て娘が増えたよう、と喜んでいた母。子供が
生まれて顔見せに戻った時も、目を細めてその幼い仕草に喜んで
いた母。やがて歳月が母の身体から自由を奪い、骨を溶かしてい
っても、泣きごとを言わずじっと耐えていた母。
それは明け方だった気がする。枕もとでずっと鳴りっぱなしの電
話を取った。
「具合はどうかね」
それは忘れもしない、母の声だった。聞き間違えなど、あろうは
ずもない。朦朧としながらも、思わずこらえていた感情が突然わき
上がる。だがそれと同時に、母の葬儀のことも思い出していた。
「母ちゃん、本当に、母ちゃんだよね。今でも母ちゃんが死んだな
んて信じられんよ。こうして話も出来てるし」
言葉使いは、子供の時に母を呼ぶのと同じに戻っていた。だが
自分なりに、その瞬間、この会話が途切れてはいけないと思った。
そうすると、母が本当に遠い所に行ってしまいそうで、何とか引き
留めたいと思った。だから、続けた。
「元気だよ、だから心配しなくていい。父ちゃんも一人でちゃんと生
活してる」
だが、もう母の声は聞こえなかった。
「もしもし、もしもし…」
電話は無音のままだった。寝起きで朦朧としていた私は、そのま
ま受話器を置くと、ふたたび眠りについていた。心の中には、母か
らの電話があった、という安心感があった。
翌朝、目が覚めた時、電話のことを思い出した。だ
(1/2) 次»
コメント(0)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール
このブログを友達に教える