RobbinⅡ-レイン計画- エピローグ(4)

 時計にせかされるように、彼女は立ち上がった。山の斜面いっぱ
いの墓を左に見ながら、彼女は先ほど登って来た道をゆっくりと戻
り始めた。名残を惜しむように彼女は、何度も振り返ってそのピエ
ール・ロティのチャイハネを見た。そこは今まで彼女が居たことなど
少しも気に止めていないような、相変わらずの落ち着いた雰囲気
のままだった。遠くの方で花火か何かの音が、数度小さく聞こえた
が、それもすぐに収まったようだった。
『もう、ここに来ることも無いだろうな……』
 昔の自分を振り返って見ると、あまりに優しすぎたように彼女には
思えた。他人の気持ちを考え過ぎたようにも思える。それゆえ自分
というものを、常に犠牲にして来た。いつも自分だけが傷付いて来
た。必要以上に相手のことを思い、結果として全てを許して来た。
他人の考えに流されて、しかしそれでも自分が我慢すれば済むの
だと、無理矢理に納得して来た。
 それにここでこれまで見聞きして来た日本人女性達の生活は、彼
女に言わせれば何処か一種の狂気が漂っていた。男に対する免疫
を持ち合わせていないが故に、親に出して貰った金で留学した挙げ
句に、トルコ人青年と堂々と同棲をして今を楽しむだけで将来のこと
など何も考えていない、彼女と同年齢に近いお嬢様達……昼間から
持ち回りで仲間の家に上がり込んでは、酒や菓子を片手にマージャ
ンに興じている有閑奥様達……トルコ人青年の情熱にほだされて結
婚したものの、数年後自分に金がなくなって捨てられたのにそれに
気付かず、それでも私は彼を愛しています、と未練がましく言い残し
て、後ろ髪引かれる想いで日本に帰って行く女達……。そうかと思
えば、逆にトルコ人の男達と三角関係を続けながら、日本人を騙し
て粗悪絨毯を高い値段で売り付け、そのマージンで生活しているし
たたかな女達。
 別に特定の誰かが悪いわけでは決してないのだ、と彼女は思う。
騙す方も悪ければ、騙される方も悪いのだ。ただその狂気に毒され
ていつの間にか、彼女自身もその深淵の中に身を置いていた事は
事実だった。かつて津田がズバリと指摘したように、海外だからと
いう一言で、ここは日本ではないという開放感が、全ての判断を誤
らせ、結果としてそれらを許しているのだ。イエロー・キャブ、誰でも
乗れる黄色のタクシー、それがそんな日本人女性達に秘かに付け
られているニックネームであることを彼女達自身は知る由もない。

(1/3) 次»

小説
2009/01/03




コメント(0)|コメントを書く

カテゴリー一覧
最近のコメント
プロフィール

このブログを友達に教える

コミュニティ | 有名人・芸能人ブログ | ケータイ占い | ケータイ小説 | 掲示板


画面TOP↑


powered by cocolog