硫黄島の遺骨収集は 参照 戦争はまだ終わってはいないー、放置されたままの「英霊」08/10
続 硫黄島 2、07/08/16
続 硫黄島 1、07/08/15
毎日新聞(7/1)「なるほドリ」から、《 》内は私見。
《学校の歴史で今次大戦や、戦争責任について考えることを教えて来なかったから、クリント・イーストウッドの映画「硫黄島からの手紙」を観て、「感激した」「良かった」と、映画の感想は言える。だが、ただそれだけで終わるのが日本人だ。戦争で激戦があったのは硫黄島だけではない。現代の若者たちが新婚旅行に、卒業旅行に、観光に出かけて遊び回る南方の島々には、未だに地下に眠る英霊たちが、故国に帰る日を待ちわびて、埋もれたままになっているのだ。》
戦争末期、米軍は東京から約2600キロ南のマリアナ諸島からB29を発信させ、日本本土を爆撃していた。しかし、護衛戦闘機の航続距離が短かいこともあり、もっと日本に近い基地を必要としていた。そこで、東京から約1250キロ南の硫黄島を狙った。
Q 日本軍は空襲の激化を食い止めたかった。
A 一般島民が避難したあと、戦闘は1945年2月から3月に掛けて行われた。栗林中将が率いる日本軍は地下壕にこもるなどして抵抗したが、最後は米軍が占領した。日本軍は約2万人、米軍は約7000人が死亡した。
Q 戦後はどうなったのか。
A 68年に日本に返還されて以来、自衛隊が管理して訓練などを行っている。米軍も訓練に使用することがある。しかし、民間人は自由に行くことができない。
Q 戦って死んだ兵士たちは、ちゃんと弔われたのか。
A 厚生省(当時)が米軍占領中の52年度に1度、遺骨の収集を行った。日本返還後にはほぼ毎年実施している。でも、昨年度までに収集された日本人の遺骨は8664柱で、まだ1万柱以上が残されたままだ。
Q なぜ、そんなに多いのか。
A 現在、飛行場の滑走路に
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