殉死をもとめる憲法九条

  死んでも、自らの命を賭してでも憲法9条を守ろうという人たち増えていることに最近気がついた。
 随分上の世代だが、1926年生れ山口瞳が「私の根本思想」嵐山光三郎編『男性自身傑作選 熟年篇』新潮文庫、2003年)に次のように記している。
「人は、私のような無抵抗主義は理想論だと言うだろう。その通り。私は女々しくて卑怯主義の理想主義である。
 私は、日本という国は亡びてしまってもいいと思っている。皆殺しにされてもいいと思っている。かつて、歴史上に、人を傷つけたり殺したりすることが厭で、そのために亡びてしまった国家があったといったことで充分ではないか」(227頁)。戦前生れの山口瞳にとって無抵抗主義は大戦の経験が影響しているのであろう。
 私とほぼ同じ世代で1950年生れの中沢新一も、太田光・中沢新一『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書、2006年)で護憲のための犠牲を覚悟すべきだと次のように論じている。
「(中沢)・・・日本が軍隊を持とうが持つまいが、いやおうなく戦争に巻き込まれていく状態はあると思います。平和憲法護持と言っていた人たちが、その現実をどう受け入れるのか。そのとき、多少どころか、かなりの犠牲が発生するかもしれない。普通では実現できないものを守ろうとしたり、考えたり、そのとおりに生きようとすると、必ず犠牲が伴います。僕は、その犠牲を受け入れたいと思います。覚悟を持って、価値というものを守りたいと思う。」
「太田 憲法九条を世界遺産にするということは、状況によっては、殺される覚悟も必要だということですね。」
「中沢 突き詰めれば、そういうことです。無条件で護憲しろという人たち、あるいはこの憲法は現実的でないから変えろという人たち、その両方になじめません。価値あるものを守るためには、気持ちのいいことだけではすまないぞと。」
 まさに、その覚悟や、よし!である。憲法9条に殉ずる覚悟こそ真の護憲派に求められる心意気である。
  彼らの立場は、まさかの時には憲法9条とともに殉死する覚悟である。そしてかれら憲法九条殉死派に満腔からの賛意を呈しているのが、1965年生まれの専修大学教授田村理である。彼は『国家は僕らをまもらない-愛と自由の憲法論』(朝日新書、2007年)の中で、彼ら二人の意見を受けて、こう記している。
「まったく同感だ。だから、憲法9条をまもろうと言いながら、『自衛権』は日本国憲法でも当然認められるとし、『武力なき自衛権』に逃げ込んでしまった護憲派憲法学の多くを、僕は断じて支持できない。その『覚悟の甘さ』はすぐに人々に伝わり、憲法9条の魅力を欺瞞にかえた。首相でさえ『正当防衛権を認めることは戦争を誘発することになる』から自衛戦争も放棄するの

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Jul 5, 2009




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