コンラッド『密偵』を読む

 「暴力・連帯・国際秩序」の題名に惹かれて『思想』(岩波書店、2009年4月)を購入した。その中に興味深い論考があった。中村研一「テロリズムのアイロニー-コンラッド『密偵』の表象戦略-」である。ジョセフ・コンラッド『密偵』をテキストに、テロとは何かを明らかにしようとする論文、否、文学評論といってよいだろう。中村は、作者コンラッドやテロ研究者ウォルター・ラカーの言葉を引用しながら、文学の社会科学に対する優位を認めている(31-32頁)。中村はこの評論で、『密偵』をテロという視点から、そこに関わるさまざまな人物、主人公ヴァーロック、その妻ウィニー、妻の弟のスティーブ、ヴァーロックにテロを使嗾するロシア大使館員ウラジミール、爆弾作りのプロッフェッサー、アナーキストのミハエリス、ロンドン警視庁の警視官などの心理描写を通じてコンラッドが『密偵』でどのようにテロを物語ったか、そして読まれてきたか、さらにどのように読まれるべきかを考察している。
 テロ研究では社会科学は文学に負けるというのは、悔しいが納得できる。特に9.11同時多発テロは、私も「ニヒリズム・テロ」(拙著『テロ』中公新書、2002年)と名付けざるを得なかったように、近代合理性の枠組みでは理解不能な現象である。だからこそ、1894年に起こった「グリニッジ爆弾事件」を題材にとった1907年出版の『密偵』であっても、そこに描かれたアナーキストの心理を誰もが参考にしたいと思うのであろう。たしかにテロリストを主人公に、テロの政治ではなくテロリストの心理を描写した小説は多くはない。ましてや世界的な名声を得た小説となると、恐らく『密偵』一冊くらいか。『密偵』が政治小説やハードボイルドであったなら、これほどまでに現在、読み込まれることはなかったろう。実際、私はうかつにも知らなかったが、特に9.11以降『密偵』がテロ研究者や実務家に多く読まれ、現在の自爆テロを少しでも理解しようとする努力が続けられているという。
 どんな名作でもそうだが、『密偵』の粗筋は、すこぶる簡単である。ロシア大使館の密偵であり同時にロンドン警視庁への情報内通者である主人公ヴァーロックがウラジミールに命令され、プロフェッサーのつくった爆弾を、知恵遅れの義弟スティーブに持たせてグリッニッジ天文台を爆破しようとする。ところがスティーブが途中で転んで、弾みに爆弾が爆発、目的を果たせないままにスティーブが吹き飛んだ。それをヴァーロックから訊いた妻ウィニーが弟の仇を討つべくヴァーロックを刺殺し、本人もまた船から身を投げて自殺する。この過程で登場するさまざまな人々の心の動きや葛藤が細密に心理描写される。波瀾万丈な筋立てというものは全くない。ひたすら登場する人物の考えや心理に焦点が当てられる。だからこそ今でも読み込まれる小説となっている。これ

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Jun 5, 2009




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